カッティヴェリア



もし私が神奈川大学で赤十字の水上安全法を、鵠沼海岸でJLAのベーシック講習会を受講していなかったら、材木座でのバーベキューに誘われていなかった。
そしてKLGに入ることはなく、2年続けて由比ガ浜の監視長を務めた彼に泳ぎを教えることもなかっただろう。
KLGに入っていなければ婚約も婚約破棄だってしなかっただろう。
もちろん大学にいた頃の私には、そもそも海に行こうなんてことすら思いもよらなかった。
でも4年たって振り返ってみると、はっきりとわかる。
つまりこういうことだ。
経済的にはまるで将来に役立ちそうもないこと、言い方を変えるなら才能よりも先に努力が足りないせいで好きなことだけをやり生活を成り立たせることが不可能となった今でも、自らが生きている、息をしていると感じられるのはそういった瞬間にしかないということ。
だから今はただのくずのような存在であっても、自嘲気味であったり、惨めな気持ちになることが多くても、将来は何らかの形で満足を得られると信じずにはいられない。
とにかく師匠と仲間を信じることだ。
とにかく信じ切ること。
信じれば少なからずどうしようもない不安からは解放されるはず。
そこから人生を変えることができるかもしれない


バラライカは三角だぜ



January 22, 2012 / Futakotamagawa, Tokyo, Japan
Venue: LIALEH

01 - ナイトカラー
02 - カマクラブルー


メロディーよりも先に



おおよそ村上春樹的なのだろうか

割と知られたタイトルを訳したり

言葉を取り替えてみたりしながら

スーパースカーなんて我ながら讃えたい

スポンサーが戻って安堵する中村俊輔

彼の姿を目にする度に思うのだ

生きている間にあと何回水を掻けるのか

あれだけ指先のことを口にしたのだ

ピアノを弾かない理由は既になくなっている


左のカフス、赤ワインのシミ



間違いなく素晴らしい夜だった

生きる糧は音楽を感じ奏すること

病気になるのはミツゴノタマシイから掛け離れるせいで

ジョブズの言葉をどれだけの人が実践できるというのだ

不必要な仕事の束がより増えてゆくのかもしれない

死ぬときに今の仕事を全うしたいかどうか

ワーク?ジョブ?わかんないけど俺がいなくたって何も変わらない

俺がいることで何かが変わるかもしれないところでしか生きたくない

何より原発の後片付けに奔走せざるを得ない方々の無事を祈ります


俺はどこに行くのだろう



0116 ビルボードライブ

0122 ライラ

0208 新九郎

0211 横浜国際

それから?


ローカリゼーション



こんな景色がまだあるのなら

僕はもっと小田原を愛せる

もちろん鎌倉は言わずもがな

さて仙台と僕の関係はどうなのか


新年会も兼ねた定例会の為の選盤



ケイソン『ボトル』

エディ・ヴェダー『ウクレレ・ソングス』

ダニエル・ラノワ『シャイン』

南博トリオ『ボディー&ソウル』

キース・ジャレット『リオ』


oh no



もうわからない

何が良いのかなんて

散らかったままのせいで狭くなった部屋

小さな船のベッドで僕は揺れている

もうどのくらい愛を忘れてから経っているのか

どれだけ僕は低いところにいるのか

生き急いだのかもしれないなら

これからどうやって行けばよいのだろう

もし折り返しだとするなら同じ景色を振り返り

どうにか対旋律を紡ぎ出して

我が儘を貫けるように


光をもっと



恥の多い一年でした

誕生日、そして大晦日も

この気持ちに波が立たずに

それでは困るのです

年月が経つ喜びや感謝をうまく現せない

いつだったかの術後、感情がなかった

あのときとは違うがどこまでも低いところを

生まれた土地だったり、親戚だったり

うまく整理がつかないのは部屋の散らかりが現している

初日の出が見えなくとも動き始めることで

どうにか、どうにか

確かバレンボイムには故郷と呼べる場所がなかった

それでも僕は仙台に行きたいのです

いつからか帰る場所ではなくなりましたが確かに僕が生まれた場所

そしてあの場所で培われた性格は確かにまだここにあるのです

色々なこと、自らの心身に関すことの整理がまるでついておりません

何もしなかったわけではありませんがそれに等しく

今、やれることは速く美しく泳ぐこと

それくらいしか思い付かずにごめんなさい

この声が謝罪ではなく感謝を伝えるメディアであるように

どうぞよいお年を


スーパースカー



スカーフの色気に見とれてる間に追加のアルコールを忘れてしまう。

仕方がない、乳脂肪と共にカフェインを…なんて言ってるそばから三度ならぬ…お目見え。

搾るならばミルクもビールも変わらないのかなんなのか…金にモノを言わせずにモテる取り組みを。

然るべき時に然るべきモノがあればそれにかかるコストは大幅な触れ幅を保持してしまう。

振れる、触れる、振られる、揺れる、ロール?ロックンロール?天国の扉を叩く前に天国への階段で蹴つまずいてまた一段目からやり直し。

ここで言えるのは天国への階段を見付けていることと天国の扉があるということを知っているということ。

開けたとか閉めたとかそんなことはどうでも良くてスキップするように駆け上がれたかもしくは転げ落ちた時にどんな痛みがあったのか。

結婚するなら二番目に好きな人というのに囚われているのはまさにこの僕だったのか。

愛するとはつまり彼女と一度でも結ばれるのならいつ死んでも悔いがないということなのか。

死ぬのに絶好の日取りだったり日和があるならどうぞ教えてくれよ。

時間が過ぎてゆく中でどうにか老いて更けてゆく前に君を奪いにいこう。

君が誰を愛そうが僕をすっかり、しっかり忘れていようがまるで構わない。

愛することは最大の罪を犯すことに違いがないのかもしれないから、汗をかく前に泣きべそをかくのかもしれない。

幾重にも重なる雨、それがつまりどうしようもない旋律であるように、戦慄が走るのに近いかもしれないいくつかの走句を挟みこんで。


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